囲碁将棋チャンネルで毎週火曜にやっている、週刊将棋ステーション、
昨日のゲストは藤井猛九段でした

なぜ藤井システムをやめて矢倉を指すようになったのか、
藤井九段本人の貴重なトークがありましたので、書き出しておきます 
(恩田アナというのは女子アナウンサー、山田というのは将棋記者の山田史生さんです)

Q 藤井システムについて
恩田アナ「藤井九段といえば藤井システム、藤井システムが公式戦で初めて指されたのが、
 1995年の順位戦B2、対井上六段(当時)、47手で藤井六段(当時)の勝ち」
山田「その前に、将棋を覚えたときから、振り飛車一本?」
藤井「将棋を覚えたときから振り飛車が好きで、色々、特に中飛車ですね、
 時代を先取りしてましたね(笑) 中飛車をよくやっていた時代があって、結局、四段になったとき、
 四間飛車を軸にしようと思った それまでは、四間飛車はやるけど、軸ではなかったんですね
 プロとしてやっていくために、四間飛車がいいだろう、と 四段になってから始めたんです」

藤井「それがね、5年くらいやってると、毎回やってるから、研究されるわけですよ
 『藤井はこうくる、こうくる』ってね 研究されると、だんだんちょっとずつ苦しくなってきてね
 倦怠感(けんたいかん)がでてきてね あーまたこの手指されたな、困ったなーというのが
 徐々に出てくるわけですよね 
 それで、5年くらいは四間飛車のワンパターンが通用していたんですけど、
 そろそろ行き詰ったのがその六段の頃、六段になってね、はた目からみれば、悩んでるようには
 見えなかったと思うんです まあ悩んでる顔なんかできないですからね 
 このままじゃ、ここから上に行くのは厳しいな、とホントに感じたから、まあそういう行き詰まりを
 覚えたら、僕はパンと戦法をかえるんですよ、一時期から中飛車をやめたようにね
 今はかえるときだ、っていうのがその時でね」

山田「藤井システムは棋士の中でも、非常に評価が高いですけど」
藤井「たまたま運がよかったんです」
山田「藤井さんは大天才だっていう評価が」
藤井「そんなこと言われても困るんですけど(笑)
 僕の独自の手をね、プロになってからちょっとずつ積み重ねてたんですけど、
 その手の積み重ねが藤井システムにつながっているんです
 でも、これが難しいんです 自分で言うのもなんですけど、藤井流の将棋だから指しこなせる、
 藤井システムは僕独自の変化球なんです 
 だからうまくいった、他の人が真似すると怪我しちゃうんです
 変に難解で難しいから、ヒットした、という意味があるんです」


Q 矢倉を指す理由
恩田アナ「名局特別賞を受賞した、矢倉、けっこう使ってると思うんですが」
藤井「以前から比べれば、考えられないほど指してますね」
山田「それは(普通の四間飛車から藤井システムにかえたときと)同じ理由で?」
藤井「同じ理由ですね 今度は逆に、お世話になった藤井システム、
 もう10年くらいやってたんですけど、25才から35才くらいまでね
 10年くらい経つと、さすがにほころびが、色々弱点が出てきてね
 まあ、相手の対策に対する対策という、研究合戦になっちゃってたんです、最後はね
 指してるほうも飽きちゃってくるんです だんだん同じ形ばっかりになってきて、
 それで勝てればいいですけど、負けると面白くないしね
 そういう風になると、序盤のことしか考えなくなってきちゃうんです
 序盤のことだけ考えてると、中終盤がヨレヨレになったりね 悪循環が起きてきて、
 藤井システムがダメとかいいとかじゃなくて、1回、離れてね、
 パッとまた違うことをやらないとダメだ、ということになったので、今度は矢倉
 あまりに振り飛車から脱線しすぎですけど(笑)」

恩田アナ「実際に指してみてどうですか」
藤井「あ、新鮮ですよ 今まで全くやってなかったですからね 
 矢倉をやってると自分の刺激になるんですよ 使っていない筋肉を使いますからね すごく新鮮でね
 まあ必ず矢倉をやると、将棋が長くなるんですよ 熱戦になるんですよ
 勝てばいいんだけど、まあ負けることも多いんだけど、熱戦をやると、楽しいです
 『序盤でトンじゃったー』みたいな将棋はすごく不完全燃焼だけど、
 矢倉をやって長手数の将棋を指すと、あ、まあいいや、今日は将棋がんばった、
 という充実感があるから、こういうことを繰り返していると、もっと強くなれるかな、と、
 そういう気持ちがある
 しばらく失っていた楽しいという気持ちが復活したというのがあるんで、
 やっぱり研究でウーウーうなっているよりはね、そういう将棋を指したほうがいいのかな、と思って、
 最近では取り組んでます」

恩田アナ「ファンにメッセージを」
藤井「応援してくれるファンの方はたくさんいますので、とにかくがんばります、ということです」