豊島将之 七段vs畠山鎮 七段 NHK杯 2回戦
解説 稲葉陽 六段

矢内、今日は真っ白な服、なかなかいい たまには冒険して、派手な服も着てほしいけどね
って、解説の稲葉、顔がモロに、ものすごいホームベース型! 顔の骨組みが外見でわかる(笑) 

今日は期待のホープの豊島と、畠山鎮(以下、ハタチン)の対戦か 稲葉を含め、関西勢の3人だ
私は豊島にかなり期待しているが、どうなるか

豊島は2007年四段、竜王戦3組、順位戦B2 1回戦で佐藤紳哉に勝ち NHK杯本戦は4回目の出場
ハタチンは1989年四段、竜王戦2組、順位戦B1 前回ベスト4により予選免除 本戦は15回目の出場

稲葉「豊島はおとなしくて、10年以上の付き合いがあるが、動揺している姿をあまり見たことがない
 将棋はバランスがとれていて、相手のことをよく調べていて戦略的に指してくる
 小学3年生で奨励会入りは最年少記録
 ハタチンは熱血という感じ、普段はよく笑わせてもらっている 序盤の知識が深くて、攻め将棋 
 2人とも居飛車党の本格派だが、性格は対照的な感のある2人」

事前のインタビュー
豊島「ハタチンは、私が奨励会にいたときに幹事をしておられて、非常に志(こころざし)が高くて、
 気持ちが熱い先生だと感じました 思い切りぶつかっていって、いい将棋が指せればと思います」

ハタチン「豊島は、私が奨励会幹事を9年やっていたときに、将棋界のトップに一直線に行きそうな、
 スキのない優秀な将棋を指していた 私は『戦う気持ち』を幹事のときにいつも言っていたので、
 闘争心を一手一手に込めて、しっかり戦いたい」

雑談で、矢内「稲葉さんは、連盟テニス部の部長ということで」
稲葉「連絡係です」 これは笑った
稲葉「豊島はテニス部員で、動きが俊敏で、強いサーブとかスマッシュを打ってくる」ということだ
豊島は、若手の山登りでも、一番早く頂上についた、と以前の週刊将棋に書いてあった
体を鍛えてるんだね ぜひ1度、豊島のテニスしている姿を見てみたいものだ
福崎文吾さんとか、関東では遠山さんもやっているそうだ みんなのフォームを見てみたいなあ

ハタチンの話題になり、
稲葉「奨励会で私が級位者のとき、ソファーに座って休んでいたら、
 『有段者が指しているときに、ソファーで休んでいてはいけない』と怒られた」
矢内「空気がピリッとなりますね」
ハタチンは、将棋界の人というより、普通の社会人みたいな感じがする

さて、先手豊島で、角換わりになった 
相腰掛け銀だが、先手は4筋の位、後手は6筋の位を取り合っているという、めずらしい序盤だ

豊島が▲7五歩、と指したところ
稲葉「手渡しですね 後手は今が最善形なので、後手が何を指すか、聞いた手です」
これが実にうまい手だった ハタチン、この手とがめるべく、勢いで△6四角を放った

しかし、豊島、▲7四歩の突き出し! これが絶妙手だった 後手は応手が難しいと、解説の稲葉
稲葉「取れないのでは、イヤな感じ」
稲葉、ここまでは、すごくわかりやすくしゃべってくれている さすが、稲葉は強く、手が見えてる
「やっぱりイナバ物置、100人乗っても大丈夫」だね 

この▲7四歩で、ハタチンはシビれたのだと思う 
ハタチン、考慮時間をどんどん使ってしまい、残りが▲10回vs△2回まで差が開いた
さっすが豊島、もう勝負あった! ▲4一角で馬ができて、先手が早くも勝ちの権利を手にしたね
あとは的確な手を積み重ねて、豊島が快勝という展開だろう 豊島の強さは並ではないからね
私はそう思って、見ていたのだが・・・

ハタチンが粘っているというより、豊島が寄せをモタモタしているような・・・
ええー、この将棋をまだ決められない、ということは、
豊島らしからぬ、ぬるい手が続いているということではないか

稲葉の解説、以下のように変わっていった
 「ハタチン、▲4一角を打たれてから考えるというのは、変な感じ」
 「先手を持ってみたいが、難しい形勢」
 「あちこちで戦いが起こっている」
 「だいぶ難しくなってきた」
 「逆転していてもおかしくないくらい、接近してきた」
 「ハタチン、金損だが、食いついている」
 「歩を使った手筋が多いですね」 
 「これでは先手おかしい 逆転しました 見事な逆転」
 
で、ついに豊島が投了! 130手でハタチンの勝ち
ええー、豊島が逆転負けくらってしまった 
う~ん、中盤、先手が手が広く、勝ちの順を選ぶ権利を先手が持っていたはずなんだけど、
豊島、正解手を指すことができなかったか 本局は調子がでなかったね あ~・・・

歩を使った細かい手が非常に多く、かなり長い終盤戦で、どこがポイントだったのか、
私にはわからない将棋だった 感想戦もなかったしね 
見終わったとき、疲れてた人も多かったんじゃないだろうか(^^;
▲7四歩~▲4一角まではすばらしかったのに、その後は豊島に冴えが見られなかった 残念だった