1992年2月発行の、先崎学さんの処女作の本、「一葉の写真」(いちようのしゃしん)に、
米長邦雄さんが寄せた「序」があります 
この文章、私はとても好きで、ずーっと心に残っているんですよね

弟子を見つめる米長さんの厳しさと暖かさが、よく表れていると思います
特に、最後の「ならば、自分の手で第一人者となり、地におちたものを天高く掲げてみせてくれ。」
ここが特に印象に残っています 名文と思います

この本はもう絶版ですし、「序」の部分の一部を書き写しておきます
(1992年2月当時、先崎さんは21才 米長さんは48才)

米長さんのご冥福をお祈り致します
そして、先崎さんをはじめとした米長門下のみなさん、どうかご活躍を!


序  米長邦雄

偏差値教育全盛時の平成の世にあって、これだけ個性のある若者は、そうザラには居まいて。
その男がありのままに綴った(つづった)ものである。
奇もてらいもなく、すべて、本音がでているところがおもしろくもあり、ばかばかしくもあり、
その辺りが、本書の評価の分かれ目でもあろう。(中略)

将棋が神様である。
これ一点のみが、私が弟子達というよりも、この道を志す人々に、つねづね説教している信条であって、
これを犯し、冒瀆(ぼうとく)した者は、その災い九親に及ぶ。
将棋の勉強方法は、すべて自分自身の内から発するものでなくてはならぬ。
骨の中からも駒音が聞こえてこなくては、本物ではない。(中略)

先崎は固(もと)より、他人を切り捨てて生計を立てねばならぬライターではない。
灌木(かんぼく)が大木を論じて、得意気になっているところがある。
自ら野中の一本杉となりて、天下を睥睨(へいげい)する男になってもらいたいものだ。(中略)

一六五ページの文中、名人の権威は地におちた云々とあるが、これなどは言わずもがな、
書かずもがなのことである。入行間もない新人が、頭取を評している図ではある。片腹痛い。
この一行だけでも永遠に神様に嫌われそうで、私にはとても書けない。
ならば、自分の手で第一人者となり、地におちたものを天高く掲げてみせてくれ。
これが私の偽らざる本心である。
いろいろ言いたいこともあるが、なにしろこれは初めての本である。
読者におかれては、大目に見てやっていただきたい。また本人への励まし、応援もよろしくお願いします。