昨日のその1からの続きです
「プロ棋士の多くがコンピュータの強さを本当の意味で認めたなら、自分たちより強いコンピュータの手を見ながら戦って高額賞金を得るタッグマッチという棋戦は、自然と成立しなくなる」と私は思いました

ではなぜ、電王戦で大きく負け越したのに、未だに多くのプロ棋士たちが、自分たちは棋力でコンピュータに劣っていないと思っているのでしょうか? その理由を、深くまで掘り下げて考えてみましょう

この問題の根本にあること、それはズバリ結論から言って、「立場」が違う、これだと思うのです ファンは「見る側」、プロは「やる側」、この立場の違いなのです これが私が出した結論です 将棋指しに限らず、あらゆるスポーツ選手などのプロ競技選手に言えることなのですが、「見ている側は客観的に強い弱いを判断するが、プロ自身は実はそれはしない」ということです

見る側のファンは、過去の対戦成績のデータなどから、この2人の対決ならこっちが強い、ということを考え、予想します しかし、やる側の立場にあるプロにとってはどうでしょうか? 例えばプロ野球で「相手はすごいピッチャーだから、まずヒットは打てないだろうなあ」と思って打席に入るバッターがいたら、それはプロのバッターとしては完全に失格なわけです 「打てる」、「うまくすればヒットを打てる可能性がある」と思わないと、ホントにヒットは出ないわけです

プロ将棋界で考えて、目立った実績のない低クラスのプロ棋士が、羽生名人と戦うことになった場合を考えてみましょう ファンは、所属クラス、今までの勝率、過去の対戦成績、そしてタイトル獲得数の実績などを考慮して、「まず羽生が勝つだろう 羽生のほうが強いんだから」と思うわけです しかし、羽生と実際に戦うことになったそのプロ棋士がその考えでいいでしょうか? 絶対ダメです 「まず相手が勝つだろう 相手のほうが強いから」 そんなことは、戦う本人は考えてはいけないわけです 対局が決まった以上「自分に勝つ見込みがある」と思わないと、勝つ可能性がホントに全くなくなるわけです 所属クラス、過去の対戦成績、実績、そういう客観的なデータをむしろ意図的に排除、無視して、「絶対自分にも勝機がある」と思わないといけないのがプロの立場なのです 

「勝てる、やれる」と思う思考に、根拠があればそれに越したことはないのですが、根拠なんて全くなくても「とにかく互角には戦える」とまずは信じ込まないといけないわけです こういう思考は、他のプロ競技選手にも共通するものだと思います

特に、プロ将棋界は、約160人という少ない人数で、何十年もずっと対戦が続く世界です 
「相手が自分より強いから、今回は対戦せずに、逃げることにする それで負けを回避する」 という選択肢があればいいのですが、それは出来ないのです 
こういう世界に身を置いたとき、いったん「あいつはオレより強い」と結論づけてしまうと、もう2度と勝てなくなることが考えられます どんなにその相手に負け続けて対戦成績がボロボロになっても、「あいつはオレより強い」と決め付けることはしないわけです そんな判断は、「やる立場」の現役プロはしてはいけないことなのです 

一方、ファンは、どっちが強い、という判断付けをどんどんします 「見る立場」のファンとしてはどっちが強いかを考えることは大きな醍醐味なんで、しょうがないです 

もっと、考えてみましょう 
将棋というのは、運の要素が振り駒しか入り込まず、負けると、ものすごく悔しい競技です 負けると全人格を否定されたような気分にすら、なります さらにアマと違って、プロは持ち時間が長く、メイン棋戦の順位戦は持ち時間が各6時間です こんな勝負、アマは体験することがまずないです こういう勝負で、負けたときのプロは、どういう精神状態になるでしょうか? 朝10時から始まって、終わるのが深夜12時を回る、終盤まで難解な局面をどうにか乗り越えてきて、最後に詰むや詰まざるやで競り負けたときのショック・・・ あるいは、事前に何日間も膨大な時間をかけて、その一局のために準備をしてきて、完敗に終わってしまったときのショック・・・ これはアマには想像できない精神的ダメージです

そんなとき、負けた側のプロが、「オレはこの相手より弱いんだ」と思うでしょうか? 負けた直後には、そう思うかもしれませんが、プロはそこから立ち直らなければいけないわけです 何日かしたら、「この前は負けたけど、オレのほうが弱いとは認めない この次は勝つ」と、こう思わないといけないんです こういう「自分のほうが弱いことを認めない、という心の訓練を、奨励会時代から始めて引退するまでやり続ける宿命にある人たち」それがプロ棋士という人たちだ、と思うのです 大変な精神力が必要な世界だな、とあらためて感じます

また、「プロ棋士は棋力が高いので、棋譜を見ればその強さが分かるはず」というのは、必ずしも正しいでしょうか? プロは今度対戦することになる相手を研究するとき、相手の棋譜を調べることになりますが、「相手の戦法の得意、不得意、どういう考え方で指しているか 指し手の善悪」 そういうことは調べていても、棋譜を見るときも、客観的に相手の強さを測っているのではない、そういう面があると思います 

棋譜を見て、研究対象の相手がどんなに好手を連発してすごい強い勝ち方をしていても、「この相手は自分より強い」と心の底から認めてはいけないわけです 次の対戦相手が格上の相手で、その相手の棋譜を何十局と研究しても、「この相手は自分より強い」と思わずにいること、これは苦行に等しい作業で、相当な精神力が必要だと思いますね

以前、鈴木大介プロが、ニコニコ動画でこんな雑談をしていました 
鈴木「屋敷さんは昔からすごく強くて、当時奨励会員だった私と指してくれたんですが、一日中指して、私が何度挑んでも、1回も勝たせてくれないんです ホントに嫌になりました(笑)」 
それでも、そこからがんばって、鈴木プロはA級まで登りつめたのです どんなに負けていても、現状をそのまま認めてしまわない限り、この先に活路はある、そう思って努力して強くなってきた、それがプロという存在なんですよね

つまり、ファンとプロ、この差は単に「棋力の差ではない」ということです 見る立場のファンは、客観的にどっちが強いか分析するが、やる立場のプロはそうではない、そういうことです プロは「相手が強ければ強いほど、実績の差や過去の対戦データなんかは全く気にしてはいけない」そういう考え方が求められる立場なんですよね

このプロの考え方「たとえ相手と自分の差がどれほどあろうが、自分より強いことは認めない」 今まで自分を強くするためにずっと培ってきたこの根底的な考え方を、つまりプロはそのままコンピュータにも当てはめてしまっているんですよね

かくして、プロはコンピュータと戦って負けても、自分たちのほうが劣る、ということは認めないわけです 電王戦で10戦して2回しか勝てなくても、内容がどれだけ力負けしていようとも、むしろ負ければ負けるほど「そんなのは気にもしない、無視する」という思考になるわけです 
 
今までの対戦成績や内容という客観的データでどっちが強いかを考える「見る立場のファン」と、そんなことは意図的に無視することが義務とすら言える「やる立場のプロ」、ここに問題の根本がある、それが今回の私の考察の結論です このギャップ、どうやって埋めればいいんでしょうか・・・? う~ん、この立場の違いから来る考え方の違いは、永遠に埋められない気がします・・・ 

こうして考えると、「プロ棋士にコンピュータの強さを認めさせる」のは、ファン側が思っているほど単純なことじゃない、ということが分かってきます 「コンピュータと戦って、プロが負けたら、プロはコンピュータの実力を認めるだろう 何しろ勝ち負けがハッキリ出る世界なんだから」 ・・・ここまで読めば分かるように、それは見るファン側の論理で、浅はかな考えだったわけです 

「プロがコンピュータの強さをちゃんと認識すれば、2年後のタッグマッチに関してプロが危機感を持って自分たちで話し合いの場を設けるはず」 この考えは、見る立場のファンからの一方的な甘い考えだったのです プロ棋士は「相手の強さを本質的に認めないことを日々訓練している存在」、「そしてそうしなければ相手に勝っていけない存在」なのですからね

あの、私は、そういう「プロ根性」を持っているのがダメだと言っているわけじゃ全然ないんですよ 分かりますよね? プロ根性を持っていなくて、対戦相手が自分より格上だからって、初めから負けると思っているやっている棋士がいたら、そんな対局、私は全く見たくないですもん 佐藤紳哉プロのように、「豊島? 強いよね 序盤、中盤、終盤、スキがないと思うよ でもオレは負けないよ 駒たちが躍動するオレの将棋を皆さんに見せたいね」 対戦相手が強いときこそ、こう言って対局に臨んでくれたら、見ているファンは拍手喝采するわけです

でも、コンピュータという今までと違う全く異質なものが出て来て、「タッグマッチで高額賞金をもらったらどうなるのか」という状況を、今きちんと理解すべき時に、そのプロ根性が、逆に障害となってしまっているのは確かだと思います・・・

「プロ棋士があと2年間の間にコンピュータの強さを客観的に認める可能性、それは極めて低い」というのが、現在私のたどり着いた結論です・・・
 
しかし、話を今後、先に進めるために、棋士たちの考えの背景を知ることが必要だと思ったから、書いたわけです また、ファンの間でタッグマッチについて議論するとき、ファンの議論が堂々めぐりしていてもダメなわけです その議論の中身の向上の一助になれば、と私は思っているのです マジに心からそう思って書いています 今回のタッグマッチの一件、私は本気で深刻に受け止めています

「タッグマッチやコンピュータに関して、一切話し合う必要などないという考えがプロ棋士たちの現状 しかもプロ棋士たちがあと2年の間にコンピュータの強さを客観的に認める可能性は、極めて低い」 では、私たちファンはどうすればいいのか? 2年後から正式に始まろうとしている高額賞金のタッグマッチについて、プロ棋士たちに、今、話し合いをしてくれるように、何か手立てはないのでしょうか? そして、この一件の問題の本質とは? 行き着く先とは? それはまた次回、私の考えを書きたいと思います (その3に続く 来週木曜ぐらいに掲載予定です)