二人零和有限確定完全情報ゲーム(ふたり れいわ ゆうげん かくてい かんぜんじょうほう ゲーム)という言葉を聞いたことが、おありだろうか?
今回はこれについて、私が考えたことを書き記しておきたい

「二人零和有限確定完全情報ゲームとは、ゲーム理論によるゲームの分類のひとつである。チェス・将棋・オセロ・囲碁など、偶然(運)に左右されないゲームが相当する。」(ウィキペディより)

将棋はこれに相当するので、先手後手の双方が最善を指した場合、先手必勝か、後手必勝か、引き分け、のどれかになる、ということが性質的に決まっているという話だ
ちなみに、6×6のオセロでは16対20で後手必勝がすでに証明されている(1993年に証明) どうぶつ将棋でも最近証明され、78手までで後手必勝だそうだ

二人零和有限確定完全情報ゲーム・・・ どうしても、難しい言葉だ(^^;
ここで、これを私なりに解釈したことを書きたいと思う ただし、あくまで私が解釈したことなので、本格的に知りたい人は、ウィキペディアや文献を当たって欲しい

・二人 
これはわかりやすい 三人や四人でなく、二人でやるゲームということだ

・零和  
将棋やチェスなどのゲームでは勝利を1、引き分けを0、敗北を-1のように状態に数字をつけて考えることができる。利得表の合計が常にゼロのゲームでは、相手にとっての損がそのまま自分にとっての得になる。ルーレットのようなカジノで行うゲームでは、各プレーヤーの利得の合計は必ずしも0あるいは一定の数値になるとは言えないため、零和のゲームとは言えない。(ウィキペディアより)
これは言葉は難しいが、それほど難解な概念ではない カジノでディーラーが何割かピンハネするゲームは、零和ではない、ということだ (後日 追記 この認識は間違っているかもしれません)

・有限
そのゲームにおける各プレーヤーの可能な手の組み合わせの総数が有限であるゲーム。(ウィキペディアより)
将棋は一手一手、無限の可能性があるように言われることがあるが、そんなことはなく、ある局面ごとでは可能性のある有効手を全部数えてみたら有限だ ちなみに先手の初手は30通りある そして、途中は平均で約80通りほどあるそうである それが一局の平均手数で115手続くことから、「将棋の分岐は、だいたい10の220乗である」と言うときの数字の根拠になっている (サイエンスZEROより)

・確定
偶然の要素が入り込まないゲームという意味 サイコロを振るわけではないし、伏せられた札を引いてくるポーカーや麻雀のような運の余地がない

・完全情報
各プレイヤーが自分の手番において、これまでの各プレイヤーの行った選択(あるいは意思決定)について全ての情報を知ることができるゲーム。(ウィキペディアより)
じゃんけんは同時に手を出すので、完全情報ではない、ということである


さて、だいたいお分かりいただけたと思う
しかし、である 私が疑問に思ったことがあった 他の全ての条件は分かったのだが、1点、将棋が「有限なゲーム」ということがどうしても私は納得がいかなかったのだ オセロは60手までで絶対に終わる(4つ石が置いた状態から始まるため)、囲碁はコウの問題があってややこしいらしいが、とりあえずは盤に石が増えていくタイプのゲームだ だからいつかは終わると考えられる

将棋はたしかに、一局面、一局面を考えたら、選択肢は有限なゲームだ しかし、手数は?手数は有限じゃないだろう? 平均手数は115手くらいだが、それ以上の大熱戦の対局はいくらでもある 有名なのは、1997年のA級順位戦▲森下vs△森内で、253手で、お互いに入玉まではいかずに、森下が勝った名局がある この前の2014年の春のA級順位戦の▲三浦vs△久保でも、271手の大熱戦があった
500手でも1000手でも、入玉模様にもならずに、延々と、永久的に手数が続いたっておかしくないじゃないか? なんで将棋が今のルールで有限ゲームって決めれるのだろう? チェスと違って、駒が減ることもないのだ
これが私はどうしても納得が行かなかった 例えば「将棋は500手まで行けば引き分け」、そういう手数制限のルールがあれば有限ゲームと納得が行くのだが・・・

でも、将棋が二人零和有限確定完全情報ゲームだということは、もう決定事項として書かれてあるし・・・ いったいなぜ、将棋の性質が、有限ゲームであると言い切れるんだ・・・? 手数が無限に続く可能性があるのに、有限ゲームである理由とは・・・? 何か私が気がつかないか、勘違いしているのだろう それはいったい? こう思って1週間ほどが過ぎたころ、答えが見つかった (明日の後編に続く) 
http://mune1232007.blog121.fc2.com/blog-entry-2444.html