長考力 1000手先を読む技術
佐藤康光著 780円+税 幻冬舎新書 2015年11月30日初版発行
評価 B  コンセプト<康光流の将棋の考え方>

冒頭、この文で始まります
「棋士の特殊能力ともいうべき、深く、正確に『読み切る力』を、人生やビジネスで活かすことができるのか。どうすれば論理的に物事を考えられるのか。そういった期待を持ってこの本を手に取られた方も多いかと思う。」 (まえがきより)

しかし、この本は、どうも読むほどに、将棋を指すときの精神論になっています
将棋好きなファンで、ある程度プロ棋界に精通していないと、面白くないんじゃないかなあ、と思えますね

全6章から成りますが、序盤、退屈なところがあります 
「定跡」、「大局観」、「利かし」、「スペシャリストとジェネラリスト」といった言葉の定義は、別に康光にわざわざ教えてもらわなくとも、もう私は知っていますからね・・・
こういう言葉を知らない人向けなんでしょうけど、本の後半では一転して、森内とか郷田とか森下とか島とか室岡とかが出てきて、「どう考えても、今度はマニア向けの話だよな」と思えます

後半が面白かったです 康光本人による「康光新手」の解説とか、新手を作るときの苦労、このままの変則な棋風でいいのかという葛藤、私は興味深く読ませてもらいました
でも、矢倉の組み方の進化とかを図面で教えられても、将棋に興味ない人が読んだ場合、何を思うんでしょうね(^^;
(図面は全部で10個程度しか出てこないですけどね)

タイトルの「長考」に関しては、もっと深く取り上げて欲しかったです
「好きだから読み続けられる」という項目がありますが、結局まあ、そうなんだろうなあと感じました
康光といえば、今年の将棋年鑑のアンケート、「一生お金に困らないとしたら?」に、「将棋の研究」と答えていますから、もう将棋のことを考えるのは本能というレベルなのでしょう

ただ、「長考の中身」について、あまり触れられてません 「何をそんなに考えてるのか」がいまひとつ書かれてませんでした
堂々巡りはないのか?、と思ってしまいますね

あと、なぜ康光が居飛車本格派から、破天荒な棋風に変わったのか、それが書いてあるのはいいですね
原因は、あの人との戦いで12連敗を喫したから、だったんですね(笑)  

電王戦、叡王戦については、分量7ページで、ちょっと触れられているだけです
叡王戦について、「私も参加する以上、コンピュータと戦うときは全力を尽くすしかない。」と書かれてあるだけです
康光といえば、米長著の「われ敗れたり」で、コンピュータとの対戦をきっぱり断った話が有名ですが、なぜ今回は叡王戦に出たのか、私はいまだに不思議に思っております・・・

強いコンピュータが出てくる中、出された康光さんの「長考力」というタイトルの著書
康光は巻末で、「人間にしかできない将棋とは何か。その答えは持ち合わせていないが、深い読みに支えられた『読みだけではない驚き』を与えることにあるのではないだろうか。」と述べています
康光は観る人に驚きを与えてくれるよう、これからも、がんばってくれるようです 
創造派の第一人者は、これからどんな将棋を見せてくれるんでしょうかね 期待しております