24で、ponanzaが一週間指して、全勝で69連勝しましたね

人類のトップクラスが、69連敗したわけです
もう、残念という他、ありません がっくりです

佐藤康光九段は、11月末に出した著書で、こう書いています
「この先、たとえコンピュータがどれほど強くなったとしても、人と人の指す将棋の力が減じることはない。」
(長考力 P197より)

しかし、これは「減じることがなければいいな」という康光プロの願望でしかないでしょう
男子プロの対局や研究での、「神の一手を極める、真理の探究」という役割は、もう終わったなあと私は思います
康光プロの本に出ている△6四銀という手、(2005年第76期棋聖戦第5局)、それも激指14は検討モードで△6四銀が最善と考え出しました
(2時間ほど検討させた結果) 右玉の守りのカナメの銀を攻めに繰り出す、驚愕の発想の手なんですけど、それがコンピュータにもう指せるんですね

私は、人間が指した良い手には、もちろん感動します
しかしponanzaや激指の指す数々の手にも、同じように、すごい、素晴らしいと思えてしまうのです
時速200キロの球を投げるピッチングマシンがあっても、別にすごいとは思わないのに、です
頭脳競技と運動競技の違いでしょうか
プロ棋士とコンピュータを、モロに比べてしまうのです
じゃあこれからはコンピュータを応援すればいいじゃないか、と言われても、コンピュータの指す手自体には感動しても、コンピュータそのものを応援しようという気にはならないんですね、これが・・・

まあ、後ろ向きなことばかり言っていてもしょうがありません

今までもちょくちょく書いてきましたが、私は、これからは女流の存在意義が、かえって増すのではないかな、と思っています
元々、女流は最強の看板を背負って指していたのではありません
神の一手、真理の探究のために指していたのではありません
目の前の相手にどうやって勝つか、が目的でした

だから、男子プロがコンピュータに負けても、女流はそれほど関係ないと思えます
スポンサーも男子プロとは別の組織がついています
女流の将棋は、私は観ていて素直に面白いと思える対局が多いんです
もともと持ち時間も短いですしね

これは、小学生名人戦などの子供の大会を観ていても思うことです
小学生どうしが、バシバシと早指しで戦っているのを観るのは、面白いです

ただ、小学生名人戦を観ていて私がいつも思うのは、インタビューで「将来、何になりたい?」と質問するところです
出場者の多くが「プロになりたい」と答えるわけですけど、これはどうなのかなーと思ってしまいますね
小学生がこれから10年かけてプロになれたとしても、10年後はプロの組織の在り方がどうなってるか全然わかんないですもんね・・・

私は現在、銀河戦はもう上位しかほぼ観ない状態になっています

渡辺明プロが、去年出た本「ルポ 電王戦 人間vsコンピュータの真実 」でこう発言してますね
渡辺「自分は現在三十歳です。棋士になり、将棋を職業として、ギリギリよかった、という最後の世代となってしまうのかもしれません」
これからプロ棋界はどうなっていくのか、私のプロ将棋への興味は、いつまで続くのでしょうかね・・・?