2人「どーもー、よろしくお願いしますー」
右「・・・今、熱い緑茶を一杯いただきました。こんなんなんぼあっても困りませんからね。心が落ち着きます。どうもありがとうございます」

左「ちょっといきなりですけどね、ウチのオトンは将棋が趣味なんです。それで、オトンが将棋でよくやってしまう反則があるって言うんですけど、その反則の名前をちょっと忘れたらしくて」
右「ええ?よくやる反則の名前を忘れてもうたの?将棋が趣味やのに?どうなってるんや」
左「色々と訊くんやけど、全然わからへんねんな」
右「ほな俺がね、オトンのやってしまう反則、一緒に考えてあげるから。どんな特徴を言うてたか、教えてよ」

左「ある駒を縦の列に2枚、並べてしまうという反則やっていうねん」
右「それは二歩やないか。将棋では歩を縦の列に2枚置いてしもうたら、その時点で反則負けや。よく知られてる反則やで。二歩をやってしもうたら、負けになるうえに、すごく恥ずかしくなるんや。こんなん、すぐにわかったやん」

左「でもオトンが言うには、いったん指したのに、違う手に変えてしまうという反則やっていうねん」
右「ほな二歩とは違うなあ。というか、それは『待った』やな。『待った』を認めると勝負の性質が変わってしまう。初心者どうしとか指導対局以外では『待った』は禁止や。もうちょっと詳しく教えてくれる?」

左「オトンが言うには、プロでもたまに、うっかりやらかす反則やっていうねん」
右「それはたぶん二歩や。プロ全体で年に数回あるわ。2015年にNHK杯でハッシーが二歩をやらかしたとき、ハッシーと対局相手の行方(なめかた)の両者が頭を抱えたんや。ハッシーはその後、色紙に『一歩千金、二歩厳禁』と書くようになったんや」

左「でもオトンが言うには、プロの淡路がよくやった反則やっていうねん」
右「う~ん、ほな二歩とは断言はできんか。淡路は生涯で公式戦で7回も反則負けをしとる。二歩を4回、二手指しを2回、角の筋を間違えて進めたのが1回。将棋のバラエティ番組で淡路は米長から、永世反則王の称号をもらったんや。他に何か言うてなかったか?」

左「オトンが言うには、自陣に底歩を打ってあるときに、起こりがちな反則やっていうねん」
右「それは二歩やんか。底歩というのは、打ったことを忘れやすいうえに、下段にあるため視界に入りにくい。だから二歩を打つ原因になってしまうんや。『底歩、二歩のもと』という格言もあるくらいや」

左「でもオトンが言うには、取った駒を自分の駒台じゃなくて、相手の駒台に乗っけてもうた、という反則やっていうねん」
右「ほな二歩とは違うか。めずらしい反則やな。というか、それはプロの糸谷の奨励会時代の反則やないか。落ち込んだ糸谷に対し、当時の奨励会幹事であった井上が、『お前が将来タイトルを取ったときに、この話が伝説になるんや』と言ってあげると、糸谷は喜んだという話が残ってるわ」

左「オトンが言うには、ネットで指すときには、その反則負けをしたことはないっていうねん」
右「それは二歩や。ネットの将棋ウォーズや将棋倶楽部24では、二歩が打てないように設定してあるんや。だからその点は安心や。ただし、指してる本人が『あれ?なんで歩が打てないの?マウスが壊れた?』と思ってびっくりしてしまう。そして、ホンマは反則負けなはずやから、すごく気まずい心境で、手を変えてその後を指し続けることになるんや」

左「でもオトンが言うには、対局開始時間になっても、その場に現れない反則やっていうねん」
右「ほな二歩とは違うか。というか、それは単なる遅刻や。プロでは遅刻は持ち時間から3倍が引かれる。例えば10分遅刻したら持ち時間から30分が引かれる。そして1時間遅刻したら、自動的に負けや。プロで遅刻と言えば中田功(なかたいさお)や。今年の3月5日にも、やってしもうた。中田はこれまでに7回も遅刻による不戦敗で負けとる。中田の弟子の佐藤天彦が、プロ入りしたときの挨拶で『目標は遅刻をしないことです』と言ったのが有名や」

左「オトンが言うには、すごいプロになると、その反則をしても、なかったことにする技を持ってる、というねん」
右「それは二歩や。ただしそれはあくまで指導対局での話や。プロは多面指しというて、一度に何人もの客を相手にすることがある。10面指しなんかは日常茶飯事や。しかも当然、駒落ちで一局ごとに手合いはそれぞれバラバラ。プロは考える時間もほぼ無しで、混乱するのも無理はない。そこでプロでも二歩を打ってしまうことがあるわけや。でも客がその二歩に気づかないときもある。そんなときは、2つあるうちの1つの歩を突き捨ててしまうんや。客がその歩を取ってしまえば、もう証拠は残らん。完全犯罪の成立や。そのテクニックを使うと、プロの先崎がこっそり告白してるで」

左「オトンが言うには、レベルの低い初心者どうしやと、たまに歩が3枚が縦に並んで三歩になってることがあるっていうねん」
右「じゃあ二歩ではないかーって、それは三歩!もう二歩どころじゃないやん!」

左「オトンが言うには、プロの松尾歩(あゆむ)がその反則をやらかしたんで、その日から松尾歩のニックネームが松尾二歩になったっていうねん」
右「だから、それは二歩!もう今、松尾二歩って言うてもうたやん!もう二歩に決まり!」

左「でもオトンが言うには、二歩ではないと」
右「じゃあ二歩とは違うかー。それを先に言えよ。というか、お前のオトン、いろんな反則をしまくってるんと違うか?大丈夫か?」
左「でもジイちゃんが言うには、負けた腹いせに盤をひっくり返す行為と違うかって」
右「いや、そんな相手とは二度と指してくれへんやろ!どうもありがとうございましたー」